バラの日本史
 
第5章 明治時代

第5章 明治時代

明治時代には、文明開化で西洋文明の流入と相まって西洋のバラが輸入されるようになりました。
 
明治元年は1868年。フランスでハイブリッド・ティーの第一号「ラ・フランス」が作出されたのは1867年。
ちょうど西洋でモダンローズの時代が始まる時期と一致しています。
 
明治8年には早速バラの番付表が作られます。相撲の番付と同じで、バラの横綱やバラの大関が選出されたわけです。明治21年には90種程度、明治23年には178種超が収録されたそうなので、バラ栽培もだんだん活況を呈してきたようです。
 
バラの栽培書もいくつか出版されています。
その中で、明治26年に出版された『最新薔薇栽培法』の前書きには
薔薇は其気品に於て、其価格に於て、其芳香に於て、或は其美、其栽培の容易なるに於て、あらゆる階級の士女に最も適せるを疑はず
薔薇は巳でに斯くの如く世界至る所の人々に愛せられ、将来益其愛顧を増進せむとせり

と書かれています。
この力の入り様は、もう現代のバラ栽培者と変わるところはありません。
本の内容も、この時代ですから写真こそ無いものの、概論、種類、樹形、土壌、肥料、植付法、剪定、接木と多岐に渡っています。

 

≪参考≫
『最新薔薇栽培法』は、国立国会図書館 近代デジタルライブラリーで閲覧することができます。

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